本当の意味で寄り添う看護を提供することを大切に

成長したいと願う人を、全力で支えます

冨田 倫代

とみた みちよ

矢木脳神経外科病院/看護部長
入職 2015年4月1日

1975年 国立療養所刀根山病院付属高等学校卒業
1975年 国立療養所刀根山病院 勤務
1989年 国立大阪南病院 看護師長就任
1993年 国立療養所刀根山病院 看護師長就任
2002年 国立南和歌山病院 副看護部長就任
2004年 独立行政法人国立病院機構 舞鶴医療センター 副看護部長就任
2006年 独立行政法人国立病院機構 あわら病院 総看護師長就任
2009年 独立行政法人国立病院機構 南和歌山医療センター 看護部長就任
2011年 医療法人清仁会 洛西ニュータウン病院 看護部長就任
 
国立病院機構にて35年間勤務後、各地の病院にて看護師長、看護部長を歴任し、当院へ入職。

2015年 医療法人弘善会 矢木脳神経外科病院 看護部長就任

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矢木脳神経外科病院/看護部長

冨田 倫代

入職 2015年4月1日

「きちんと看護の仕事をしたい」という思いを支えたい

看護学校を卒業してから国立病院機構で約35年間勤務していました。その間に師長、副看護部長、看護部長として勤務させていただきました。その後京都の民間病院で看護部長として勤務しました。院長と約束したことをやり遂げた後で次のステップを探していた時「2020年問題」や「地域包括ケアシステム」が言われているときに、その先駆けとして取り組もうとされていた矢木脳神経外科病院を知り、理事長が「道路が病院の廊下で、患者さんのご自宅が病室、クリニックや訪問看護ステーションが病棟ステーション」を実現するためのシステム作りをされておられ、国より5年も早く実現しようとしているところに興味があり当院へ参りました。

赴任して、看護職員のうち非常勤が50%という状況で、離職率も高く、それを見たときには大変だと感じました。病院は看護師がいなければ始まりませんから、赴任後はもう毎日が採用面接という状況でした。

また、毎日、看護室部長室には看護師やコメディカル、事務職が来て、本当に毎日話しを聞いて一つ一つ課題を解決していきました。それぞれが何を期待してるのかをずっと考えました。そこで、最初に取り組もうと思ったのはスタッフの離職についてです。

離職理由で多いのは給与面ですが、給与自体は診療報酬の中から支給する以上、変えようがない部分があります。では、自分の貢献に対して納得できる報酬を得るにはどうすればよいかという話をしていく中で、「きちんと評価をして欲しい」というのが皆さんの意見でした。このため、まずは看護部から目標管理を取り入れ、そうすることでベクトルが合い始め、看護の質も上がり離職率が減ってきました。

また、看護師は医療人として「きちんと看護の仕事をしたい」という思いを持っています。また非常勤の方も常勤の方も、雇用形態や時間の制約が違うだけで、看護師として患者様に向き合う仕事や専門職としての責任は同じものを担っています。

だから委員会や会議の体制を整備し、教育の体制を整え、非常勤・常勤を問わず、必要なスキル習得ができるよう教育体制を作っていきました。学ぶ意志を持って、「これを学びたい」という方には常に後押しをする支援をおこなっています。

自分がやりたいことが明確であれば、全面的に支援します

当院の強みは多職種含めた人間関係だと思います。

この法人、病院としての方針や考え方を明確にすることによって、次第に職員のベクトルがあってきたと思います。そうすることで本当の意味で、多職種カンファレンスやチーム医療ができてきたと感じます。

法人や病院の方針を明らかにし、それをスタッフに伝えていくことで、役割認識や「自分たちが何をするべきか」がわかり、互いの役割を理解することで人間関係や院内連携が良くなってきたと感じます。

また、92床という規模ですので、院長とスタッフともすごく近い関係です。大規模な病院では院長の顔も知らない、事務長の顔も知らない、看護部長の顔も知らないということが起こりえますが、当院の場合は、院長や理事長もとても近い存在で、また垣根を持たず接していかれる方々ですので、スタッフたちも信頼を感じています。

もう一つの強みは、当法人自体が人材育成にはきちんとお金をかけて育成をしていることです。看護部に関しても年間かなりの予算を使って研修や人材育成を行っています。

その代わり、「学んだ分だけ病院に貢献してね」と伝えています。時間とお金をかけて、どこに行っても通用するキャリアを作っていますから、その分は必ず病院に貢献する。そして、一人が成長し変わっていく姿を見ることで、周囲の他の職員にも影響を与えていくことができます。

具体的には、自分がやりたいことを明確にしてもらえれば、それを実現できる支援をしています。例えば、実習指導者であったり、認定看護管理者のファースト セカンド サードであったり、認定看護師の育成をしています。自分が「こういうことをやりたい、それによって看護部や病院にこういうことが貢献できる」と明確にしていただいたら、それを病院費用で全面的に支援しています。

また、地域に対しても、認定看護師が地域に出向いて脳卒中などの研修会や、老健や介護施設からの依頼があれば認定看護師を派遣し研修会や講師としても活動する場があります。

本当の意味で寄り添う看護を提供すること、自分の考えを言葉にできる看護師を育成したい

急性期の看護で必要な、アセスメント能力を強化したいと考えています。また患者様が退院後、地域でその人らしく生活ができるように急性期のときから支援していくことが必要です。当院は地域包括ケア病棟がありますので、在宅での生活を想定したリハビリであったり、その方の残存機能を維持する取り組みを行っています。

看護師にとっては、急性期の脳神経外科だけでなく、より広い視点、より継続的な視点で学び実践できる病院だと思います。脳神経外科に関心を持って学ぶ看護師を育てるとともに、患者様全体が高齢化し合併症をお持ちの方も多いため、より広い視点で患者様全体を見る視点の育成が必要だと思っています。

またそれと並行して、患者様に寄り添う支援を大事にしてほしいと感じています。データ数値だけを見て対応するのではなく、患者様の側に行き、この患者様がどんな状態なのか、どんな気持ちなのか、そこで変化があればデータと結び付けられるような看護師になってほしいと思います。

そのためには、いつも言っていることなんですが、へこたれない看護師を育てていくことが大事だと思っています。看護師は自分で表現することが苦手な方が多いため、自分の考えを言葉にすること、あるいは患者様に対して「あなたのこういう目的を達成するために、私はこういう看護を提供します。それでよろしいですか」というように、考えていることを自分の言葉で相手に伝え、相手が理解できるような、そんな看護師を育てたいなと思います。

看護師として成長したいと願う方を、全力で支えます

当院の看護師は、患者様に対して、一人の人としてきちんと接することができている看護師が多いと思います。まだまだアセスメント能力などには課題がありますが、患者様に対する思いはすごく強く、相手を尊敬する気持ち、看護師としての倫理感を持って接したいという思いや風土が、脈々と流れていると思います。

そんな環境の中で、看護師として成長したいと願う方を全力で私達は支えます。看護部だけではなく、病院全体、法人全体で支える風土があります。

困ったり悩んだ時も、1人で悩まず相談できる仲間や先輩がいて、まっすぐに看護に向き合える病院だと思います。ぜひ安心してお越しいただければと思います。

冨田 倫代

とみた みちよ

矢木脳神経外科病院/ 看護部長

プロフィール

1975年 国立療養所刀根山病院付属高等学校卒業
1975年 国立療養所刀根山病院 勤務
1989年 国立大阪南病院 看護師長就任
1993年 国立療養所刀根山病院 看護師長就任
2002年 国立南和歌山病院 副看護部長就任
2004年 独立行政法人国立病院機構 舞鶴医療センター 副看護部長就任
2006年 独立行政法人国立病院機構 あわら病院 総看護師長就任
2009年 独立行政法人国立病院機構 南和歌山医療センター 看護部長就任
 
国立病院機構にて35年間勤務、各地の病院にて看護師長、看護部長を歴任
その後京都の民間病院での看護部長を経て、当院へ入職。
 
2015年 医療法人弘善会 矢木脳神経外科病院 看護部長就任
幹部看護師任用候補者選考名簿登録

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