脳卒中の急性期医療と地域包括ケア

その両輪で地域のニーズに応える病院づくりを進めたい

谷口 博克
(医学博士)

たにぐち ひろかつ

矢木脳神経外科病院/院長
入職 1991年8月23日

プロフィール

1982年 大阪医科大学医学部卒業
1982年 大阪医科大学医学部 脳神経外科 勤務
1988年 松井脳神経外科病院 脳神経外科 部長就任
1989年 北大阪病院 脳神経外科 医長就任
1990年 大阪医科大学附属病院 脳神経外科 勤務
1990年 北大阪病院 脳神経外科 医長就任
1991年 医療法人弘善会 矢木脳神経外科病院 院長就任

脳神経外科専門認定医
博士号
日本脳神経外科学会専門医・指導医
日本脳卒中の外科学会技術指導医
日本脳卒中学会専門医・指導医
日本麻酔科学会標榜医
身体障害者認定医
日本医師会認定産業医
日本医師会認定健康スポーツ医
認知症サポート医

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矢木脳神経外科病院/院長(医学博士)

谷口 博克

入職 1991年8月23日

縁あって、脳神経外科を強みとする病院づくりに参画

当院へ赴任することになったきっかけは、矢木先生夫妻と昔から顔なじみだったこともあります。元々入江塾という学習塾があって、卒業生が後輩の中高生を教える合宿所があり、そこで同じ講師として知り合い、親交を頂いていました。

前職の病院で勤務をしていた頃、当時まだ住之江で開院して2,3年目だった「矢木外科病院」で、脳卒中含めて脳外科を診療したいという話が届き、ご縁を頂きました。

その当時は今で言う「医師の働き方改革」とは真逆の24時間勤務に近い形でした。41床の小さな病院でしたが、24時間病院にいて、救急を診て、手術をして、患者様を回診して、もうずっと病院にいるような生活ですね。その中で脳外を一手に引き受けていましたので、この地域の脳外の患者様が集まってきました。 そのため病院が手狭になり、もう1か所経営されていた「弘善会病院」と統合して平成20年に現在地に移転し、「弘善会矢木脳神経外科病院」としてオープンしました。

10年先を見据え、時代の変化を先読みした病院づくりを

13年前と現在を比べると、当院を取り巻く状況もかなり変わってきています。昔はカーナビも普及していなかった時代。ここに来る救急車もかなり遠方から来ていました。近くの病院から断られ、奈良県からも救急車が当院まで来ていました。手術数や症例数は右肩上がりに増加し、一時は大阪府下で上位5番目くらいの症例数になっていました。

しかし徐々に時代が変わり、救急車にもナビが装備され、例えば「脳卒中を発症」となればナビで近くの病院に当たっていきます。とすると、当院がいくら高度な治療を行っていたとしても、当院に来て下さる患者様には上限があります。もう無尽蔵に頑張って症例数を伸ばしていく時代ではなくなってきた。

他の科と違い、脳卒中は1分1秒を争いますので、搬送・受診できるエリアは決まってきます。そうすると、メインとなる脳外科と並行して、いかに地域の患者様を受け入れていくかが課題となってきます。

今年度も地域包括ケア病棟を増床しましたが、脳卒中の医療と、地域に根ざした医療とを整備していかないと次の10年に対応できません。法人内には600人近くの職員がいますが、その皆さんの10年後も考えると、急性期の強みを持ちながら、地域に根差したプライマリ医療とのバランスを保ちながら病院づくりを進める必要があります。

急性期と地域医療のハイブリッドで取り組みたい

当院の元々の強みである脳外科では、専門医が6名在籍しています。この規模の病院ではあまりない充実の体制です。また、脳血管内治療、カテーテル治療を行う血管内専門医も3名在籍しています。

脳卒中とはご存知のように時間との闘いです。だからいくら腕のいい医師がどこかにいたとしても、発症したらこの近隣地域の方は近くの病院に来ざるを得ない。患者様が病院を選ぶ猶予が無いのであれば、当院としてはまず患者様を断らずに受入れ、最善の治療をして地域にお返ししたいと考えています。脳外科のチームはそこを理解し、最善の医療を提供する体制を整えています。そこが矢木脳神経外科病院の開設からの一番の強みです。

またもう一つの軸となる地域医療については、高齢化の進展に伴いニーズがどんどん増えています。地域の開業医の先生方も皆さんが往診を行っているわけではないため、当院としても近い将来、在宅医療も手がけて、より地域と近い距離で地域包括ケア病棟の機能を発揮したいと考えています。

この、急性期と地域医療のバランスについては今後、地域医療のバランスの方が増えてくると思います。ただ2040年頃までは後期高齢者人口は減少しないため、脳卒中の医療も現状以上に増加することを想定しながら、その間に地域包括病棟や在宅医療の整備を進め、それを両輪としてハイブリッドで取り組んでいきたいと思います。

13年前から取り組んできた「チーム医療」と「脳卒中に特化した仕組み」

別な側面で、この10年で大きく変わってきたのは「チーム医療」だと思います。言葉自体は10年前からありましたが、実際にはどうなのと思われていました。

私は当院に赴任してから全員参加型のチーム医療、職員に開かれた病院にしたいと考え、多職種が参加できるカンファレンスを始めました。私たち医師が執刀している顕微鏡手術も画面に出し、看護師、リハビリ、薬剤師、栄養士、事務職も含めて、全ての業種がフリーに参加できるカンファレンスを行い、チーム医療を実践してきました。

そんな取り組みを随分前から行っていたところ、ようやく世の中がそれに追いついてきたかなと感じています。理想は、コーヒーとドーナッツをかじりながら皆がフラットに発言できるようなカンファレンス、それが理想ですね。

また、よりよい医療を実現するために、設備やICT技術も積極的に取り組んできました。

13年前の移転新築の頃から、レントゲンもデジタル化し、手術室でも壁面の液晶パネルにレントゲン画像が投影され、それを見ながら手術ができるシステムにしました。

患者様のために「こんなエリアが必要」と考え、集中治療室として作った脳卒中のSCU(ストロークケアユニット)には、そこに、SCUやHCUの点数がついてきたり、時代が追いついて、私たちがやってたことに後から診療報酬点数がついてくる印象を受けています。

先端治療で言えば、頭部のカテーテル手術にも早くから取り組んできました。

その当時は顕微鏡での開頭手術がほとんどで、その手術のために脳血管造影検査をしていました。しかし、近いうちにカテーテル手術がメインになる可能性を考えて、検査のためのアンギオ室ではなく、「血管内治療室」として広いスペースを取り、3D撮影をしながら血管内手術ができる治療室を準備しました。それは今も大正解だったと考えています。

また、脳卒中は時間との闘いですので、必要な治療が時間ロスなくできるよう導線も整備しています。脳卒中ユニットは救急室の横にあり、CT、MRIがあり、すぐ横に血管造影室と血管内治療室があり、そのユニットでほとんどのことができるようにしています。

ゲートオープナーとして、垣根ない病院づくりをしたい

今後、地域医療を進める上で、内科の先生に来ていただければと考えています。

例えば、往診や外来も診てくださり、他科の先生からの質問にアドバイスしてくださるような、オープンマインドな方がいてくださると心強いと思います。急性期と両輪で地域医療を進める上で、ゲートオープナーとして、自分の専門だけでなく横断的に患者様を診ていただけるような先生にお越しいただければと感じています。

また、スタッフについては、医療専門職だけでなく、事務系スタッフの方も診療情報管理士や医療経営士など、専門性を持って成長できるようなそんな病院を目指したいと考えています。またどの職種から見ても、一般的に医師は垣根が高いと思われがちですが、先程のカンファレンスのように、おたがいフラットに会話ができて、色々なことにチャレンジできる、そんな病院づくりをしたいと考えています。

職種問わず、垣根ない病院づくりに参画してくださる医師や各職種の方を、お待ちしています。

谷口 博克 (医学博士)

たにぐち ひろかつ

矢木脳神経外科病院/院長

プロフィール

1982年 大阪医科大学医学部卒業
1982年 大阪医科大学医学部  脳神経外科 勤務
1988年 松井脳神経外科病院  脳神経外科 部長就任
1989年 北大阪病院      脳神経外科 医長就任
1990年 大阪医科大学附属病院 脳神経外科 勤務
1990年 北大阪病院      脳神経外科 医長就任
1991年 医療法人弘善会 矢木脳神経外科病院 院長就任

脳神経外科専門認定医
博士号
日本脳神経外科学会専門医・指導医
日本脳卒中の外科学会技術指導医
日本脳卒中学会専門医・指導医
日本麻酔科学会標榜医
身体障害者認定医
日本医師会認定産業医
日本医師会認定健康スポーツ医
認知症サポート医

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